新年を祝う言葉には「謹賀新年」とか「迎春」とかいろいろな表現がありますが、私は「新年明けましておめでとうございます」というのが好きです。何か平易でいいですよね。
 昨年は何だか変な年でした。リーマンブラザーズの倒産にはあまり驚かなかったのですが、トヨタの減益(赤字転落)など考えもしませんでした。あのトヨタが今のような状況になるとは。
 しかしこの2つは原因が違うと思うのです。リーマンブラザーズの方はバブル(空虚な)ビジネスのなれの果てですが、トヨタの方は何か、20世紀の実体経済の終焉を表している、またはトヨタ自身が予感して早めに手を打ったような気がしています。
 車を買わなくなったのは、金づまりからだとか、ガソリンの値上げだとか、環境保全意識が高まったからだとか、いろいろな方がいろいろなことを言っていますが、私は、それらの原因は見えているというか分からせられている理由だと考えています。20世紀型の経済システムではやっていけないことを考えたトヨタが、本来ならば徐々にやるべきことを、日本社会にショック療法を与えるための荒療治に出たのではないかと思うのです。そのために多くの企業が尻馬に乗って、賃金カットどころか人減らしの策に出て、たくさんの罪のない、そしてまじめに生きている人たちを困らせています。私も、派遣労働者の方が職を失うというような直接的な被害までには至っていませんが、いろいろな悪影響を与えられ困っていますので、軌道をきちんと正していかないといけないと思っています。
 20世紀の清算を21世紀のはじめの10年でやらなければいらないわけで、今の状況は、それが少し遅れてやってきたと言えるのかもしれません。21世紀は「脱工業化」の時代(正確には、脱大量生産、大量消費型工業世界の終焉)と言われていますが、私はこれを含めて、価値観のドラスティックな転回の時代にすでに入ったと思っています。コペルニクス的転回(通称コペ転)という言葉がありますが、今は「コモ転」(コモンセンスの転回)といえるでしょう。経済だけでなく、政治、教育、文化においてもです。それがジワッとではなくあっという間に、まるで雪崩れや洪水のように表面に出てくるのが今年ではないかと思います。ノストラダムスの予言ではなく、私の予感です。

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吉村作治のエジプトピアを運営する株式会社アケトのスタッフです。