自粛ムード

私が参加しています「ダイドードリンコ日本の祭り」プロジェクトで、今回の東日本大震災の影響で中止になった祭りが32の内1つだとの報告を聞きまして、ホッとしています。その1つが東北の山田祭で、神社ごと津波で流されてしまったというので仕方ないと思いますが、この山田祭を来年こそは再生してもらおうと、今まで8年間で150の祭りが取り上げられたのですが、その祭り人が支援をしようというプロジェクトが立ち上がったとのことです。これぞ祭り人という気がします。
聞くところによりますと、世の中の自粛ムードにおされ、ほとんどの祭りが中止または延期を考えたようです。しかし、災害は今回が初めてのことではありません。記録に残っているだけでも、ここ千年のうち、災害のない年はありませんでした。もちろん、今回のような大規模、大被害のものは非常に少ないわけですが、そうした災害を少しでも少なくしようと、神さまに祈り、ないときに感謝し、来年の祈願をするというのが祭りの趣旨ですから、これでやめるというのは違うと思うのです。
ともかく、自粛ムードはとてもよくないと思います。今の日本の状況を見ていますと、ドロップスパイラルというか、奈落の底へ落ちていく感じがします。電力不足を救うための節電に反対するわけではありませんが、今の節電は行き過ぎていると思います。私は脚が悪いので余計感じますが、地下鉄のエスカレーターを止めるのはやめていただきたいです。上りだけでなく、下りの苦しさは大変です。また、お年寄りで荷物を持っている方、女性で妊娠している方、ハンディキャップのある方、皆さん階段で歩いています。パチンコ屋と自販機が都知事にやっつけられてしまいましたが、家電量販店や都庁の煌々と照らされている照明はいいのでしょうか。
第一、節電によって損失や補償金に支障をきたしている東京電力の収入を縮めているのです。そして、東京電力に不足分を供給していた中部電力の浜岡発電所を総理大臣の思いつきで止め、夏場に計画停電を起こさせてしまう愚行を許している政府及びマスコミ。「国民を考える」と言った民主党は、全く考えていないことを証明したと喜んでいる評論家。自粛すれば免罪符をもらったと考えることなかれ。日和見主義者たちよ、国家の中枢から立ち去ってください。
私は、日本初の完全インターネットの大学を本年3月末で辞めましたが、私の最後の仕事は、卒業式を公式に大学として止めたことです。それは自粛という意味でなく、大震災で何万人という人が苦しんでいるときに、卒業という個人の祝い事を公的にすることに、心の抵抗があったからです。批判もありましたが、教職員や学生たちの多くはわかってくれました。しかし、卒業を祝う気持ちはありましたので、卒業生の有志から祝ってほしいとの要望があったのを機に、有志主催という形でやりました。「よかった」というのが、その式に出ての感想です。
「自粛」は「萎縮」につながると思います。「がんばれ」という気があるのなら、持っている分でいいですからお金を使いましょう。お金を回さないことには、世の中よくなりません。今はなんとなく補助金目当てのムードがただよっています。お金は他人から分け与えられるのではなく、自ら稼ぐものであることを再度確認しないといけません。国民は自分に誇りと自信をもつべきです。
私の嫌なテレビのCMで、「がんばろう日本」とか、「東日本の人、がんばってください」というのがあります。もう既に十分「がんばって」いるんです。安全なところにいる人が、苦しんでいる人に向かって言う言葉ではありません。私たちは、東日本の人たちの作った食品や製品を買って差し上げることです。義援金もこのくらいにしておかないと、義援金によって東日本の人がスポイルさせられる恐れがあります。もし東日本の人たちが義援金中毒に侵されてしまいますと、日本の5分の1くらいを占める人たちを失うことになります。1日も早く生業を回復するように復旧、復興策を講じて、安全なところにいる私たちは、ユーザーや消費者になることだと思います。1日も早く自粛ムードをなくしましょう。

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