総理の権限

菅総理が中部電力の浜岡原子力発電所の操業停止を要請し、中部電力はそれを受け入れ既に停止したという出来事で、総理大臣の権限の強さを実感したと同時に、こういうことをやっていいのだろうかとの強い疑念を持ったのです。その後総理は、孫ソフトバンク社長にこの決定を「大変なる大英断だ」などと評されてご機嫌のようですが、全く困ったものだと思います。と言うか、国民を欺く茶番劇と言ってもいいと思うのです。
もちろん、原発の存在や継続については、今後の日本のエネルギー政策の一環として、科学者、企業家、政治家で議論すべきと思いますが、これは長期的なことで、中期的には、現在日本にある原発で、福島の東電の事故のような事態を起こさないためにはどうすればいいかを、科学的、技術的に検討すべきなことは言うまでもありません。そして短期的には、1日も早く現在の危機を収束させることです。これは、国民誰もが思っていることです。
しかし、こうした論があるにもかかわらず、何の科学的検証もせず、科学的データの裏付けもなく、ただ情緒的にというか、思いつきで浜岡だけを止める暴挙が総理にはできることが、驚きであると同時に、日本の民主主義は死んだという感想をもちました。それに対して、政治家が、止めるどころか、抗議や議論を仕掛ける人が誰もいないことに怒りを感じます。
今回の事故で、原発の危険性は十分知ったと思いますが、これは、原発のもつ危険性のうちの、東電の管理のずさんさに起因していることを第一に指摘されなければならず、原子力発電の問題点以前の問題であることを避けて通っていると思います。被害に遭われている方は当然怒っていいと思いますが、被害から遠くにいる方までもが「くそもみそも同じ」的な感情論に巻き込まれていることに、国家的な危機感をもちます。
「今、浜岡を止めた」合理的な理由を、総理は地震の可能性が87%あるからと言っています。地震が起きると福島のような事故になると、何の根拠で考えたのか疑問です。福島の事故は、元々の原因は地震と津波ですが、直接的には、冷却システムを動かす発電装置が起動しなかったことにあるのです。それが証拠に、女川も福島第2も大丈夫だったわけです。それ以外にも、原因があれば究明し、それを取り除けば、発電機を止める必要はないわけです。「地震・津波」イコール「今回の事故」でない、子どもでもわかる理屈を菅総理はわからず、心情的に停止を依頼するという愚挙と暴挙を、権限と権力をもって命じた、または強権で依頼したのです。菅総理が主張していた民主主義を守ることを放棄し、破壊したのです。今夏の電力をどうするかの方策も立てずにです。政治的パフォーマンスと言われても仕方ないし、事実そうだったんでしょう。日本国のナンバー1として情けないです。
日本中、地震と津波の起こる可能性だらけです。だったら、日本中の原発を止めるべきです。その前にエネルギー供給の手段を講じてのことですが。浜岡ひとつ止めてどうなるんですか。総理の権限の乱用で、誰かが菅総理を告発すべきでしょう。まさしく革新的政治家の主張である独裁国家の出現です。菅総理の思いつき、人気取り政策で、国民は今年の夏ひどい目に遭うのです。幼稚すぎる思考回路をもつ人は、たくさんいます。しかし一国の総理はそうではいけません。浜岡を停止し、他を放っておくのはおかしいですね。すべての原発に地震対策と津波対策のプランを早急に出してもらい、安心して生活できる日本にしてほしいです。
そして、長期的により安全なエネルギー製造の技術開発を国家プロジェクトとして始めてほしいです。すでに大学や研究機関でやっているところがあれば、それを推進するための予算をつけるべきです。21世紀は、環境に配慮したエネルギー製造と食糧生産を中心にするのが国家の役割で、あとのことは個人の問題と言っても過言ではないのです。この時期に政局をやっていていいのかと、評論家の中には言う人がいますが、ナンセンスです。政局とか、おためごかしの言葉を使わず、「こんな時期だからこそ菅総理にやめてもらいたい」と言うべきです。「代わりの人はいるのか」というのもナンセンスで、「力があると思う人になってもらい、だめならまた代わってもらえばいい」くらいの柔軟性をもたないと、この危機は乗り切れないと思います。

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]