革命後のカイロ博物館

エジプトでは、今回の大デモから発生したムバラク大統領失脚事件を、1月28日革命と名付けているようですが、初期のカイロ博物館盗難事件を手始めとする、エジプト全土にある博物館への盗賊侵入事件は、目を覆うものがあります。当初、これらの盗難は、心ない市民運動家が理性を失って博物館に乱入し、手当たり次第に文化財の価値もわからず壊したり盗んだりしたものと報道されていましたが、革命が沈静化した今では、プロの盗賊団の組織的な犯罪であることがわかってきています。もちろん、中には、ついでに盗んでしまったという心ない市民の例もあるようですが、そういったものは、第三者を経由して返還されているものもあります。つい最近も、少年が落ち着いて考えると大変なことをしてしまったということで、親戚の人を通じて、罪としないことを条件に、カイロ博物館の展示品を4点返したとのことでした。
エジプトでは、古物を盗んだり、古物と知りつつ不法に売買すると、少なくとも終身刑、悪くすると死刑という決まりがあるからです。古物商はいますし、売買が行われていますが、その商品はほとんどがイスラム時代のもので、アンティークといわれていても、ファラオ時代やコプト時代のものは、布や板絵以外にはありません。中には、ローマ時代にファラオ時代のものを模して作った贋作というものがありますが、これは古いし、レプリカの商品として売り出されていて、犯罪にはなりません。
こうした背景のもと、今回カイロ博物館に行き、その時の状況を学芸員に聞きました。そして、現状を見てきました。盗人は、カイロ博物館の天井のガラス窓から、ガラスを破ってロープで2階に入ったとのことで、未だに1枚分ガラスがありません。よって、巷で言われているように、警護の警官がいない時に正面を突破したのではないことを物語っています。そして、降りたところが、ツタンカーメン関係の展示品のある、廊下になっている展示室の隣の室でしたので、まずそこにある陳列ケースを壊して、その中から展示品を盗んだため、その周辺にあったツタンカーメン関係の品々(7~8点)と、ティイ王妃(アメンヘテプ3世王妃)の父母であるユヤとツヤの品々をはじめ、100点近くのものを持ち去ったものと思われます。盗賊団は1チームでなく、少なくとも4~5チーム、総勢4、50人いたと思われます。現在まで、自首した者と捕まった者で10人内外、取り返された展示品10点近く。あと90点近くは不明であり、数日前に古物屋が外国へ輸出しようとしたもの2点が見つかっているとのことです。
考古大臣ザヒ・ハワス博士は、返還をテレビや新聞などで強く訴えていますが、必ずしもその効果は出ていないのが現状です。盗られたもののあったところに行きますと、以前あったものの展示ケースが壊されてなかったり、新品になっていたりしています。このため、エジプトで調査している外国隊は、1隊あたり1万ドルの自主的寄付を強要され、私たちも1口出しました。
しかし、はじめてカイロ博物館に来た人には、そんなことがあったという感じは全くないです。その日も、10組の外国人ツーリストがあの広い館内にいましたが、本当に気の毒になってしまいます。普通100組以上のツーリストが午前中の1時間にいるのですから。今後どうなるのでしょう。新しい博物館もペンディングですし、先が見えない状況です。

Facebook にシェア
このエントリーをはてなブックマークに追加
[`yahoo` not found]