歩く

最近健康を考え、「歩く」、「自転車で遠出する」、「走る」などがはやっています。皇居の周りでは、かなり昔からそういった人がひしめいていましたが、今や、一般道にもかなりの数の人が、「歩く」目的で歩いています。目的地があって歩くというのが普通ですが、それらの人は、「歩く」ために歩くのです。手段が目的化しているのです。最近の日本を象徴していると思います。
解釈を広げてみますと、大学に入るために高校に入る。そして、勉強する、というわけです。「人生を何と思っているのだ」と私などは叫びたくなりますが、時流にはかないません。ですから、大学へ入ると燃え尽きてしまいます。そうしますと、4年間の暇つぶしにサークルに入ります。それも、ゆるいサークル、縛りの少ないサークルへ入るわけです。それは勝手ですからいいのですが、大学は勉強するためにあるという前提が崩れます。もちろん、そういった中で才能に目覚め、その道に行くということはいいのです。しかし、基本的に飛び抜けた才能がないので、何とか平凡でもいいから安全に食っていくために大学へ入るわけなんで、人生の目的は自分で持っていないと、何のために生まれてきたのかわからないと思うわけです。「大きなお世話」と言えばそうですが、私も教育者の端くれなので主張するのです。
それはそれとして、私も健康を考え、歩くようにしました。しかし、第一の目的は、歩くことではなく昼食をとるというものです。普段早稲田にいますので、今まではその周りで食べていました。時間がないからです。よって、時間を作りました。スケジューリングするとき、まず、11:30~13:30の2時間を昼食用にとりました。また、午前中にミーティングなどを入れないことにしました。朝7時から11時半まで、メール対応、手紙や原稿の執筆、調べもの、室内体操などをし、歩いて地下鉄で1駅のところ、高田馬場か神楽坂で昼食をとる。食後は歩く。打ち合わせなどは、13時半から1時間刻みで5つとる。夜の会合がなければ、歩いてスーパーに買い物に行き、自分で料理する。とてもいい日常生活だと思うのですが、土日はもちろんのこと、普通の日でも地方出張が多く、週2~3回しかこれができないのが悩みです。

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