敬老の日

9月20日は敬老の日でした。私もすでに67歳を過ぎ、ひたすら70歳へと向かっています。しかし、敬老されているという感じはいたしません。先日、私の高校のときの親友が亡くなったとの知らせが来ました。「そんな年になったのだなあ」としみじみ思いました。誰でもが年をとります。年齢だけは公平です。しかし、世の中の扱いは不公平です。それもいいでしょう。
私も決して親孝行ではありませんでした。しかし、両親はそれなりに私に何の迷惑もかけずに亡くなっていきました。78歳で両親とも亡くなったのですが、私は何もしてあげることもなく、と言うより、ずっと心配をかけっ放しにして亡くなられてしまい、残念に思っています。私が両親にした親孝行といえば、精神的には、早稲田大学の専任教員になったことと、家を建ててあげたこと。そして、旅好きだった両親に、エジプトに2回、フランスに1回、香港と台湾に1回ずつ、海外旅行をさせてあげたことぐらいです。もらったものの方が多いです。それも、両親が70歳を過ぎてからでした。
私の2人の子どもは、きっと私が70歳を越しても何もしてくれないと思いますし、それでいいと思いますが、気になるのは、私の友人に「あなたは元気すぎて若やいでいるから、誰もが敬老どころか、いたわる気がおきないのだよ」と言われたことです。これを、ほめ言葉ととるか、憐れみの言葉ととるかは、難しいのですが、人間は死ぬまで敬老されないことが幸せというか、幸運なのだと思うことにしました。
私の長男に3人の子どもがいますが、決して「おじいちゃん」と呼ばせませんし、私も「孫」と言いません。「私の長男の子」です。そして、長男の妻に私のことを「お義父さん」と言わせません。
ともかく、人間は1人で生まれ1人で死んでいく覚悟を持たなければならないと思っているからです。というわけでしょう。未だに、幸か不幸か敬老されていません。しかし、今100歳以上の方が4万人以上日本にいらっしゃるとのこと。驚いてしまいます。

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