方言

「ダイドードリンコ 日本の祭り」も、私が参加しまして今年で7年目です。すでに、150以上の祭りが取り上げられました。私も、その中の4分の3くらいは参加しています。どの祭りもすばらしいのですが、特に、祭り人の情熱、すなわち想いのすごさに感動します。
地方を回ってみて一番びっくりするのは、方言がまだ生きていることです。当然のこと、年配の人により強いです。こっちの言っていることは向こうの人にはわかっていただけるのですが、向こうの方のおっしゃっていることがわからないのです。初めのうちは、2、3度聞き返したり、意味を尋ねたりしますが、回数を重ねると失礼になると思い、そのまま相づちを打っていると、いつの間にか内容を見失ってしまいます。
ある時点で重要単語を聞きそこなうと、それ以降全くわからなくなるのは、外国語と同じです。外国語でも英語の場合、修飾語が前にあり、後の名詞にかかっている場合はいいのですが、フランス語やアラビア語のように、修飾語が後ろにあるのは、見失うケースが多いです。日本語は、前にあったり後ろにあったりで、かえって難しさが増します。
しかし、方言というものはいいですね。話している人が生き生きとしていますし、その言葉に歴史を感じます。外国語にもみな方言があり、それをその国の人々は誇りに思っています。日本人にとって方言を大切にすることこそ、日本文化を守ることになると思うのです。

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